もう1人の主役(19)

京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(わーい)。

弟と猫と私
 新しい1年がはじまりました。今年もよろしくお願いいたします。昨年の我が家の1番のニュースは家族が増えたこと。スーパーの前に捨てられていたガリガリで風邪ひきの猫を拾ったのです。名前を「むー」といいます。
 弟の病気がわかった次の年の夏、私は中学3年になり、受験勉強に追われていました。「弟の分も頑張らなければいけない」「両親に心配をかけないよう、自分は絶対合格しなくてはいけない」と焦り、いつも切羽詰まっていて、寝る間を惜しんで勉強する日々でした。その頃、家の周りを見たことのない猫がうろうろするようになりました。さび模様で、毛の長い綺麗な猫でした。私が帰ってくるといつも出迎えにきてくれるその猫は、ささくれだち、不安定だった私の心をずいぶん癒してくれました。冬になり、家の庭でその猫が出産したのを機に母の許しが出て、その猫と子猫たちは家の子になりました。母猫は近所のおじさんに「みーちゃん」と呼ばれていたので、そのまま「みー」と名づけられました。
 「みー」は、外で元気にあそびまわれなくなった弟のよいあそび相手になってくれました。思うように動けない苛立ちや寂しさをいつも弟の膝の上で静かに受け止めていました。また、「みー」にごはんをねだられ、甘えられることで、私は自分が必要とされていることを実感できるようになりました。私の高校受験の前日に弟が倒れて生死の境をさまよった時も、「みー」はひとり家で泣いていた私にずっと寄り添ってくれました。家族の気持ちがばらばらになりそうだった時も、両親や私の心が折れそうになった時も、「みー」はいつもそばにいて、和ませてくれました。「みー」は私たち家族にとってかけがえのない特別な猫でした。弟が亡くなった後はさらによく甘えるようになり、私たちの悲しい気持ちをたくさんたくさん癒して、一昨年、弟のところに旅立ちました。家の子になって16年。大往生でした。
 お世話になっていた獣医さんにあいさつに行った時、弟の話が出ました。獣医さんも息子さんを病気で亡くされたことを話してくださいました。獣医さんの奥さんが、お兄さんを亡くした弟さんがとても不安定になったこと、その時、飼っていた犬と猫が彼の心を支えたことを教えてくださって、そして私に「お姉ちゃんもつらかったでしょう」と声をかけてくださいました。私は、弟が亡くなって10年にもなるのに、思いもしないところで悲しみをねぎらってもらったことに驚き、なんて温かなプレゼントなんだろうと感動しました。そして、こんな近くにも「きょうだい」仲間がいたのだというすてきな事実に感心し、それを教えてくれた「みー」にお礼を言いました。
 「みー」の次の子だから「むー」と名づけられたしましまの猫はすっかり元気になり、毎日よく丸まっています。今度は「むー」と一緒に、人生のあちこちに散りばめられている「縁」に感謝しながら、いろんな波を乗り越えていくのだなあと思っています。