もう1人の主役(47)

京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。コラムのタイトルは「もう一人の主役」。代表の神田さんがつけてくださいました(わーい)。

今年は夫の甥っ子が成人式です。私の成人式の思い出は胸がちくりと痛むものです。当時、大学の友人たちが「振袖つくってもらった」「母親の振袖着るねん」と話すのを見ながら、そんなたいそうなことは無理でも、レンタル着物で式に出て写真ぐらい撮っておくものなのかな?と思った私。母に「成人式なんだけど…」と切り出すと、「うちいろいろ大変だし、特別なことしなくていいよね?淳(弟)の成人ならまだしも、あなたは当たり前に大人になるんだし」といつもの母の感じに、その通りだなあと納得したのですが、「あっ、どうしても着物着たいなら自分で従姉に電話して頼んでみたら?」と受話器を差し出され…幼い頃に数回会っただけの東京の従姉にわざわざ電話して借りてまで着物を着たいわけではないなあと、この話はいったん終わりました。
それでも洋服で式だけでも行ってみようかなと思っていたら中学校時代の先生からの電話で式典の中の新成人代表のスピーチをしてほしいと頼まれてしまい…今度は父が「あえて普段着でスピーチすればいい。それで、難病の弟がいる話をすればいい。」と勝手に盛り上がってしまい、気持ちの持っていきどころがわからなくなってしまった私は、先生には申し訳ないけれどスピーチも出席も断る流れになったのでした。
大人になった今ならわかることは、私は振袖を着たかったわけでも病気の弟がいて頑張る姉の話をしたかったわけでもなくて、ただ、ちょっと親ばかみたいなことをしてほしかっただけなんだなあということです。弟は結局成人を迎える前に他界してしまったので比べることはできませんが、きっと弟の成人式ならもっと盛り上がって浮かれた空気になっただろうその10分の1でいいから「晴れ姿が見たいなあ」と言ってくれていたら、毎年こんなちくりと痛む胸で新成人をうつすニュースを観なくてもよかったのにと思う気持ち…。甥っ子が成人式だと聞くだけでこんなに「おめでたいなあ」「スーツ姿どんなかな」とわくわくした気分になるのに、あの頃私の周りで私に対してこんなふうに思う大人はいなかったんだなあという少し寂しい気持ち…。
重い病気をもつ子どもが成人するということの重みはよくわかりますが、その兄弟姉妹にとっても人生に数回の大きな節目、親御さんが難しい状況の時は、周りの大人が少したくさんおめでとうを伝えてあげてほしいなと毎年思う1月です。