もう1人の主役(32)

京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(わーい)。

弟と私(16)
私は高校3年生になり、受験勉強の日々が始まりました。遠回りをしても、いつかは病院で働くソーシャルワーカーになれるかもしれないという目標ができたことで、明るい将来を思い描くようになりました。母の実家の近くの大学に合格したら、母も祖母も、叔父も叔母も喜ぶことがわかっているということも、私を明るい気持ちにさせていました。自分が来るのを喜んでくれる人がいる、人を喜ばせることができるのだ、と思うことは、心の安定を保つのに良いことでした。「受験勉強をするから」という大義名分ができ、友人と一緒に放課後の教室で勉強したり、塾に通ったりすることで、家から離れ、別の世界を広げていくことも楽しんでいました。
入試の日は祖母の家から大学まで、叔父が飼っている犬と一緒に(笑)車で送ってくれました。校門の前で「じゃあ頑張ってくるね!」と叔父と犬に手を振った瞬間が、今思えば1番良いところでした。
試験の結果は補欠合格でした。数人辞退者が出れば合格という通知が届き、これならもうだいじょうぶだろうとホッとしました。合格が確定したわけではないので、なんとなく宙ぶらりんな感じになってはいましたが、友人と卒業旅行の計画を立てたり、別れを惜しんで残り少ない高校生活を楽しんでいました。
ちょうどその頃、私はたちの悪い風邪をひきました。高熱が出てずいぶん苦しみ、弟にうつったらどうしようと家の空気がピリピリする中、風邪は母だけにうつりました。
風邪も治り卒業式が近付くにつれ、私は不安になっていました。合格が決まったら4年間どこで暮らし学校に通うのか決めなければなりません。寮に入るなら申し込みをしなければいけないし、一人暮らしをするなら準備をしなければいけないし…。母に相談しようと思うのですが、弟を置いて遠くの大学に行くことへの罪悪感もあって言い出しにくく…。でも、大学を決める時にあれだけアクティブに動いてくれた母なので、風邪が治ったら入学後のこともきっとすぐ一緒に考えてくれるだろうとその時は思っていました。
結局、母は風邪が治っても私の相談にしっかり耳を傾けてくれることはありませんでした。大学の話を聞く母の返事はいつも生返事で、あまり話をしたくないのだというのがわかりました。これから4年間、母は私のいない生活を送らなければならないのだから、心の準備も必要なのだろう、母の気持ちが乗ってきたときにまた相談すればいいやと思い、4月からのことはぎりぎりまで考えないことにしました。