もう1人の主役(13)

京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(わーい)。

弟と私(6)
 弟の病気がわかり、弟が小学校で困らないためにどうすればよいか両親が悩んだ結果、全校集会で弟のことを先生から紹介してもらうことになりました。「清田くんの心臓はこれこれこういう病気だから、元気そうに見えても運動することはできないし、体育の授業も見学しないといけないし、急に驚かしたりしてはだめなんだよ」というようなことを説明していただいたように記憶しています。両親も弟も先生もよく頑張ったなあと今は思います。
 その出来事の影響は意外な形で出ました。体によい水や、手かざしや、様々な神様を信仰しているお母さんがたが、我が家を訪れるようになったのです。(私は宗教や信仰を否定するつもりは全くありません。でも、中学生の「きょうだい」だった私がつらかったこと、その事実だけを記そうと思います。)
 「善い行いをたくさんすれば、神様が息子さんの病気を治してくれるよ。うちの子も重い病気だったけどずいぶん良くなったんですよ。」と、家に来たおばさんは言い、わらにもすがる思いで両親はその宗教にのめりこみました。電車で1時間はかかる施設にありがたい話を聞きに通い、たくさんの献金をし、弟のために祈りました。私は突然家の中に現れた「信仰」に戸惑いました。「弟は心臓病」ということすらまだきちんと受け止めることができていなかった私にとって、これ以上の生活の変化は苦しいものでしかありませんでした。おばさんは私に何度も入信をすすめましたが、反抗期だったことも手伝い、どうしてもそのおばさんの言うことを信じることができませんでした。弟と両親をこんなに苦しめている「神様」に祈る気持ちにはどうしてもなれなかったし、家族の急激な変化に取り残された私は、ついていくことができなかったのです。
 ある日学校から帰ると家の前にいつものおばさんと、もう一人見たことのないおばさんがいました。おばさん達は家に入ろうとする私を引き止め、言いました。「あなたはいつまでたっても入信しようとしないけれど、家族がみんなで入った方が効果はずっと大きくなる。あなたが入信しないから、弟くんの病気が治らないのよ?」
  今なら言い返せるかもしれない一言でしたが、当時の私にとってはとても厳しく、きつい一言で、私はただ悲しくて、涙が出ました。「弟の病気が治らないのは私のせい?」そう思うことはとても怖くて、苦しくて、もしかして両親もそう思っているのかもしれないと思うと、言われたことを両親に話すことも怖くてできずに、私は苦しみました。99%はわかっていたのです。弟の病気が治らないのは私が神様を信じないからではないこと。でも1%の不安が私を苦しめました。「違うんだよ」と誰かに笑いながら言ってほしかったのです。「弟の病気は私のせい?」と尋ねられる大人は私の周りにはいませんでした。