京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。コラムのタイトルは「もう一人の主役」。前代表の神田さんがつけてくださいました(わーい)。
勝手にゴールを決めない
新しい年が始まりました。しぶたねは昨年9月にNPO法人になり、まだまだぴよぴよの1年生です。きょうだいたちが安心の中で過ごせることが当たり前になるように、今年もいっそうがんばりますので、よろしくお願いいたします。
しぶたねを立ち上げて14年目に入りました。きょうだい支援が必要だということもずいぶん広まって、「きょうだい支援」や「きょうだい児」の文字を目にすることも増えました。とても嬉しく心強いことですが、時々どうしてもひっかかってしまうことがあります。例えばこんな感じです。
-きょうだいも頑張っている。
(うん、うん。)
-しんどい気持ちを我慢しているきょうだいもいるので、気持ちを受け止めることが必要。
(うん、うん。)
-そうすることで、病気や障がいのある兄弟姉妹のことを支えてくれる優しい子に育つでしょう。
(うーん。ひっかかる…。)
きょうだいにも支援が必要だという話を聞いてくださった方がこんな風に仰ることもあります「きょうだい支援って大切ですよね。だって障がいのある兄弟姉妹を将来みていくことになるのはきょうだいですものね」。…私がひっかかって飲み込めない違和感は、きょうだいたちのゴールを(きょうだいや病気の兄弟姉妹の気持ちも聞かずに)勝手に決めているように感じられるところから生まれている気がします。
私たちが考えているきょうだい支援のゴールは、きょうだいが安心の中で過ごせることです。もちろん家族のメンバーはみんなつながっているので、きょうだいにとって良いことがあれば兄弟姉妹や親御さんにも良い影響が生じることもあって、それはとても喜ばしいことなのですが、誰かのためにきょうだいを支えるのではなくて、ただ目の前にいる1人の子どもとしてきょうだいを支える。病気の子どものためにもなるからと言わなくても、きょうだいに必要なサポートが届くことが当たり前になってほしいと思っています。
きょうだいどうし仲良くできることはもちろん良いことなのでしょうけれど、誰もがそうしなければいけないわけでもなく、誰もがそうなれるわけでもありません。そもそも病気や障がいに関係なく、きょうだいの関係というものは人それぞれ家それぞれだと思うのですが、病気や障がいがある兄弟姉妹のきょうだいたちは特に、自分が病気の兄弟姉妹を支えなければいけない、障がいのある兄弟姉妹を好きでいないといけない、と自分にプレッシャーをかけて、気持ちの糸がどんどんこんがらがってしまいやすい状況にあります。道はひとつではありません。大人になったきょうだいたちはさまざまな自分の道を歩いていて、兄弟姉妹との距離も人それぞれです。そんなふうに道が無限に広がっていることをきょうだいたちが感じられるように、子どもたちと関わる時、勝手にゴールを決めてしまっていないか自分に問い続けたいと思っています。