京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(わーい)。
弟と私(7)
入学式シーズンになると高校の入学式を思い出して胸がキュッと痛みます。
私の高校の入学式の日、弟はまだ入院していました。心停止の時間が長かったことと強い薬を使ったことが原因で、弟の記憶は数年前で止まったままでしたが、幸い順調に回復傾向で、母は毎日2時間半かけて面会に通っていました。それまで電車に乗ることもほとんどなかったような母が毎日遠くの病院に通うことがどんなに大変なことか、我が子が入院しているという状況がどんなにつらく、余裕をなくさせることか、私はわかっていました。でも、あんなに頑張って入学した高校の入学式だから、どうしても母にも来てほしいという気持ちを抑えられませんでした。
母はとても困っていました。無理のないことです。「どうしてもお母さんも行かないとだめなの?もう高校生になるのに?」と何度も聞かれましたが、新しい高校生活への不安も手伝って、私は「一人で行くからいいよ」と言ってあげることができませんでした。
入学式の日、母は弟の着替えなどが詰まった大きな紙袋の面会セットを持って高校まで一緒に行ってくれました。私は嬉しい気持ちがちょこっとと申し訳ない気持ちがたくさんで、「やっぱり一人で来たらよかった、一人で来ないとだめだったのに」と思うと涙が出そうで、考えないようにしていました。こんな日に限って駅のコインロッカーに空きがなく、母と2人ロッカーを探して歩き回りながら、私は後悔していました。訳を聞いた駅長さんが駅長室に荷物を置かせてくださいました。何度も頭を下げる母の姿を見て胸が痛み、関係のない人にまで迷惑をかけてしまったことで、私はさらに小さくなりました。入学式の晴れ晴れしい気持ちはかけらも残っていませんでした。ぐったり疲れた表情の母と2人高校まで歩く道のりは悲しく、重いものでした。
入学式前に友人と会いました。母が友人のスカートの裾がほつれていることに気づき、安全ピンで留めてあげました。母に優しくされる友人を、うらやましく眺めました。式が終わってすぐ母は病院に行くために先に帰り、私は友人と一緒に帰ったのですが、帰り道、友人に「さっきおばちゃんがみんなの前でスカート直してくれたん、めっちゃ恥ずかしかったわ」と笑いながら言われ、私は「そうやんな、ごめんね」と話を合わせるしかありませんでした。
友人と別れた後、家まで一人歩きながら、悲しくて、悲しくて、たまらなくなりました。どうして私の弟は病気なんだろう?どうして今入院しないといけないんだろう?どうして私は今ひとりなんだろう?
私が、母に入学式に来てほしいとわがままを言ったから、もう高校生なのに母に来てほしいと思ってしまったから、自分が悪いから今こんなつらい気持ちにならないといけないのだ、そう思いました。どうしてもっと母を思いやることができなかったのだろうと自分を憎みました。